「川越」といえば埼玉の観光名所!駅から蔵の街への時代の移り変わりが体感できる街

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2.歴史的建築物の観光

埼玉県といえば、よく観光名所が無いとか、名産品が無いとか、特色が無いとか言われがちですが、探してみると案外見るところが見つかったりします。
さいたまスーパーアリーナや、鉄道博物館など。。
今回はそんな埼玉県の観光名所である、蔵の街と、大正浪漫通り、クレアモールといった、江戸から平成までの街並みの様相を表した「川越」について紹介しようかと思います。

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川越の都市計画

まず川越駅を出ると、若者向けの店が立ち並ぶ「クレアモール」があります。
全長1200mと結構な長い距離なので、ここだけて1日過ごせてしまいそうですが、ここより先、クレアモールを抜けると、古い商店街と大正浪漫通りがあります。
明治から大正にかけて、西洋の文化が日本で盛んになり、西洋建築が流行りました。その面影が残った通りが、「大正浪漫通り」となります。
さらにその先に行くと、川越の一番の観光名所である「蔵の街」が見えてきます。
そこの建物は、まさに江戸時代そのままの風貌を残しています。

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平成の街並み「クレアモール」

若者向けのお店が建ち並ぶ「クレアモール」は、サンロード商店街と新富町商店街が合体した商店街となります。
東武東上線・JR川越線の川越駅を出てすぐにあり、全長1200mもの通りとなっています。
このクレアモールには約210店舗ものお店があり、川越の商業の中心となっています。

クレアモール商店街

もともと、川越の商業の中心は蔵の街がある川越一番街でしたが、1964年に丸広百貨店が本店をクレアモールに移し、急速に川越の商業の中心となっていきました。

引用:クレアモール – Wikipedia CC-BY-2.0

若者向けの店舗が集約し、まるで原宿の竹下通りのような通りとなっており、買い物客や観光客でごった返しています。
深夜になっても人通りが絶えず、商店街の交通量は埼玉県内で1位になっているとの事。まさか大宮を越えてしまうとはねぇ。。
クレアモールの電線は完全に地中化され、石畳の歩道が整備されています。また店舗とは完全バリアフリー化されており、若者向けと言いつつも、年輩者にも割と優しい作りとなっています。
また、ライブカメラをインターネット上に公開し、商店街情報等を発信しています。この通りでは馬鹿な事は出来ないですね。

通りの中心にある広場「クレアパーク」

そしてクレアモールの中心部には、上の画像のような「クレアパーク」と呼ばれる広場があります。これは防災上の理由もあるそう。

引用:川越駅前街並(町並み)写真集【街並画像.com】 © 街並画像.com

休日になると様々なイベントが開かれており、出演者に若い芸人を起用するなど、商店街の活性化に一役買っています。

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時代はさかのぼり「大正浪漫通り」

クレアモールを北に抜けると、洋風建築や蔵造りの建築が建ち並び、大正時代を感じさせる「大正浪漫通り」が見えてきます。

引用:川越大正浪漫夢通り公式ホームページ

全長約200m程あり、歩道を御影石で敷き詰め、電柱を地中化して、街全体の風景をレトロで心地よい雰囲気に仕立て上げています。
この通りでは、川越の名産を販売しているお店が並んでいます。

銀座通りから浪漫通り商店街へ

昔は銀座商店街というアーケードのある昭和の雰囲気が漂う通りでしたが、平成7年に大正浪漫の街づくりが始まりました。あえて時代を逆行した感じですね。

引用:川越大正浪漫夢通り公式ホームページ

大正浪漫通りは風景が綺麗で雰囲気が良く、テレビドラマや映画の撮影にもよく使われる通りなんだとか。

見所は洋風の建物

先にも述べたとおり、大正浪漫通りといえば洋風の建築です。大正時代は西洋の文化が日本で盛んになり、洋風の建築が増えていきました。

引用:川越市の観光ガイド – おすすめ案内 川越市のイベント情報 © Tabi2ikitai.com

画像左側の建物はシマノコーヒー大正館。右側の建物は手作り和菓子店いせやです。
洋風建築ならでわのアーチ型をこの2つの建物は取り入れており、シマノコーヒー大正館は窓に、いせやは屋根部分に取り入れています。
シマノコーヒー大正館の窓の間にギリシャ神殿を思い起こさせる柱を付けている所が、なかなかお洒落ですね。
このシマノコーヒー大正館。ドラマ「相棒」の撮影に使われたそうです。

引用:川越市の観光ガイド – おすすめ案内 川越市のイベント情報 © Tabi2ikitai.com

こちらは川越商工会議所。鉄筋コンクリート造り2階、地下1階建てであり、建築面積は556㎡。
これもギリシャ神殿を思い起こさせるデザインです。細部に緻密な装飾がされていますが、全体的には重厚感を感じます。
ちなみに外壁にある太い円柱の柱は、ドリス式と呼ばれるギリシャのパルテノン神殿に採用されている柱となります。
壁は最も厚い部分で135cmもあり、耐震耐火構造となっています。とはいえ135cmは厚過ぎですねぇ。。
玄関脇には赤い丸型ポストが設置されており、よりレトロな雰囲気をかもし出しています。

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江戸を象徴する蔵の街「蔵造りの街並み」

大正浪漫通りをさらに北に抜けて行くと、いよいよ蔵造りが建ち並ぶ川越一番街が見えてきます。
通りは全長約430mあり、30軒ほどの蔵造りの建物が軒を連ねています。もともとは70軒ほどあったそうですが、街の景観保存が発足するまでは、老朽化により次々と新しい建物に建て替えられていきました。

引用:(公社)小江戸川越観光協会 時 薫るまち 川越 © 2009 – 2017 Koedo Kawagoe Tourist Association

この通りもまた、クレアモール、大正浪漫通りと同様に、電柱・電線の地中化をしており、すっきりとした見通しの良い風景となっています。

蔵造りの街並みが出来るまで

黒くて厚い壁、大きな鬼が瓦が特徴の蔵造りですが、この街並みが出来るまでは、壮絶な過去がありました。

明治26年(1893)、川越大火により町は壊滅的な被害を受けました。1300戸以上もの建物は焼失してしまったわけですが、大沢家住宅をはじめ蔵造りの家は焼け残りました。
川越大火によって蔵造りが火災に強い事が判明し、川越の商人たちは復興のために蔵造りの建物を建てていきました。防火上の理由で、立派な屋根と、黒漆喰の壁が特徴な建物となっています。
復興の際、江戸からたくさんの職人が集められ、江戸と川越との交流が盛んになり、川越は「小江戸」と呼ばれるようになっていきました。
しかしながら昭和40年~50年頃、鉄道の駅が川越一番街から離れたところに作られたため、商業の中心は駅の近くであるクレアモールに移っていき、蔵造りの商店街は衰退していき、蔵造りも次々と壊されていきました。
だがこのままではいけないと、川越の商人たちは蔵造りの景観の保存に乗り出しました。
住民が主体となり、電柱を地中化したり、人寄せとしてお祭り会館を建設したり、イベントや建築コンペ、家屋調査なども行ったりし、今ではすっかり埼玉県を代表する観光名所となってきています。

代表的な蔵造りの建物

大沢家住宅

引用:川越市の観光ガイド – おすすめ案内 川越市のイベント情報 © Tabi2ikitai.com

こちらは、蔵造りの街並みが作られるきっかけになった建物です。
明治26年(1893)の町の3分の1を焼き尽くす川越大火の際に焼け残り、川越の商人たちに影響を与えました。
見た目は派手過ぎず、川越の町屋の中では大きい部類に入ります。
一番街の他の蔵を見ると、外観は重厚で派手な装飾がされていますが、この大沢家住宅の外観は他の蔵と比べると地味です。これは、お城がある江戸時代に建てられたため、目立ち過ぎないよう派手には作られませんでした。
この蔵を建てる時は、謙虚に造ったわけですね。見た目も落ち着いていて、シンプルですっきりとした印象を与えます。
大沢家住宅は川越にある蔵造りの中で最も古く、呉服太物を商っていた近江屋半右衛門が寛政4年(1792)に建て、築200年をも超える建物であり、国の重要文化財に指定されています。

蔵造り資料館

引用:川越市の観光ガイド – おすすめ案内 川越市のイベント情報 © Tabi2ikitai.com

こちらは、もともとは明治時代に煙草卸商を営んでいた旧小山家住宅を、資料館としたものとなります。川越大火の後に復興する際、最も早く再建されました。
大沢家住宅もそうですが、この蔵造り資料館も内部を見学でき、蔵造りの様式がよく分かります。内部は煙草に関する資料や、商家の民具の展示もしています。
また、隣には観光案内所があるので、蔵造りの事を最もよく知るには、この資料館に寄るよいいでしょう。

川越まつり会館

引用:川越市の観光ガイド – おすすめ案内 川越市のイベント情報 © Tabi2ikitai.com

こちらは、国の重要無形民俗文化財に指定された、川越まつりを紹介する資料館です。
川越の新たな観光スポットとして平成15年(2003)9月28日に開館しました。
割と新しい建物ではありますが、他の蔵造りの建物と合わせて土蔵造りにしています。奥には山車(だし)の展示スペースが設けられ、華麗な装飾が施された迫力のある山車を見学出来ます。

川越のシンボル「時の鐘」

川越のシンボルである時の鐘(ときのかね)は、今から約400年前、当時の川越藩主だった酒井忠勝(さかいただかつ)によって創建されたといわれています。

川越一番街の中心地に創建され、鐘を鳴らすと街の東西南北に均等に鳴り響きます。
創建されて以来は、たび重なる火災で鐘楼や銅鐘が焼失してしまいましたが、度々建て替えられて、現在建っているのは4代目に当たります。この4代目の時の鐘は、川越大火直後に再建されたものであり、暮らしに欠かせない時計台であったため、川越の商人たちは自分たちの生活もままならない状態にも関わらず、いち早く時の鐘を建て直しました。自分たちのお店よりも時の鐘を優先させるとは、川越商人の時の鐘に対する想いが伝わってきます。
最初は2階建てでしたが、火の見櫓(やぐら)としての使用も考えて3階建ての鐘楼に建て増しされました。高さは16.2mあります。
ちなみに、この鐘楼にある銅鐘は、全長2.23m、最大外径82㎝、重量731.25kgあり、近くで見ると立派な鐘なのではないかと思います。
この時の鐘の鐘音は、平成8年(1996)に環境庁(現・環境省)の「残したい日本の音風景100選」に選ばれ、現在は1日4回(6時、12時、15時、18時)に、川越の風景にぴったりの情緒ある鐘の音が街全体に鳴り響いています。
藩政時代は鐘突き人が1時間毎に時刻を知らせていましたが、現在は電動式で、時間が来ると自動的に鐘が鳴る仕組みになっています。

菓子屋横丁

川越一番街から徒歩5分に位置する、養寿院の山門を右折すると、菓子屋横丁が見えてきます。
お菓子の良い香りが漂うこの通りは、全長約100mに約20軒の駄菓子屋が並びます。

引用:(公社)小江戸川越観光協会 時 薫るまち 川越 © 2009 – 2017 Koedo Kawagoe Tourist Association

石畳で舗装されているところも、雰囲気が出ていますね。
明治時代に、菓子職人である鈴木藤左衛門がこの場所にやって来て、松本屋というお店を開いたことをきっかけに、後に菓子屋横丁が形成されることになります。
大正12年(1923)には、関東大震災で被害を受けた東京に代わって駄菓子を供給するようになったこともあり、次第にお店も増えて70軒程にもなりました。
ピークを過ぎると需要が激減し、現在は10数軒程になってしまいましたが、今でも昔懐かしい駄菓子の香りが漂う観光名所として人気を維持しています。
若い人でも、程よい香りに誘われて、菓子屋横丁に足を運ぶ人もいて、休日には観光客で賑わっています。

川越は、今時の若者が集うクレアモールから始まり、時をさかのぼるようにして、江戸の雰囲気が漂う蔵造りの街並みまで、時代の移り変わりを体感出来る街となっています。
埼玉県の観光名所と言えば川越。この街に来れば楽しめること間違いなしです。


参考元:

川越観光マップ(小江戸散策地図)-川越散策に行こう!
川越駅前街並(町並み)写真集【街並画像.com】
クレアモール川越新富町商店街振興組合-CREAMALL.net
クレアモール 川越サンロード商店街振興組合
川越市の観光ガイド – おすすめ案内 川越市のイベント情報
川越の観光サイト 小江戸っ子
川越大正浪漫夢通り公式ホームページ
(公社)小江戸川越観光協会 時 薫るまち 川越
クレアモール – Wikipedia

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