「川崎大師」の建物【vol.3(薬師殿エリア)】

03.歴史的建築

日本でも有数の参拝客数を誇る「川崎大師」は大寺院なだけあって、境内には20を越える建物があり、厄をことごとく排除する厄除け大師として知られています。

正式名は金剛山金乗院平間(へいけん)寺といい、1128年に武士の平間兼乗(ひらまかねのり)が、海から弘法大師の木像を引き上げ、尊賢上人(そんけんしょうにん)とともに寺を建立しました。

川崎大師の境内図

今回は数が多いため3回に分けてお送りします。本記事では上の境内図の右側、薬師殿エリアの建築を紹介します。

その他のエリアについてはコチラから、是非あわせてお読み下さい。

信徒休憩所

川崎大師の信徒休憩所

信徒休憩所は、不動門のすぐそばに建っている施設です。壁面緑化と銅板らしき壁面、磨りガラスが交互に並び、リズム感のある外観です。

川崎大師の信徒休憩所

境内の他の建物と違い、とても近代的な外観ですが、外観の色合いやストライプ状なった壁や、高さを抑えて横長にした様子は、境内の風景にそれほど違和感なく佇んでいます。

やすらぎ橋・浮御堂

川崎大師のつるの池にあるやすらぎ橋と浮御堂

境内の南東部にあるつるの池には、六角形の浮御堂と、その横に朱色のやすらぎ橋があります。やすらぎ橋は2014年(平成26年)に建立された割と新しい橋です。

川崎大師のつるの池にあるやすらぎ橋

橋の先に見える金色の釈尊像や、薬師殿に続く朱色の橋で、古来、朱色は災難を除きいて幸福を招くと言われた演技の良い色です。八角五重塔も朱色が使われてますね。

川崎大師のつるの池にあるやすらぎ橋

欄干には、悟りへと向かう段階を表す種子(しゅじ。仏教の仏や菩薩や天などを梵字一文字で表したもの)が20文字刻まれており、大きな力が秘められていそうな橋です。

川崎大師のつるの池にある釈迦像

やすらぎ橋を渡ると、そこには釈尊像が。その後ろには百観音が並んでいます。

川崎大師のつるの池にある百観音

百観音は2017年(平成29年)に建立された、日本百観音霊場お砂踏み参拝所となっており、目線の高さに百観音の彫刻が並びます。

川崎大師のつるの池にある庭

薬師殿

川崎大師の薬師殿外観

薬師殿は、開創880年の記念事業として2008年(平成20年)に開設されました。もともとは自動車交通安全祈祷(きとう)殿として、建物自体は1970年(昭和45年)に建てられています。別の場所に祈祷殿が建てられたことで、この建物は薬師殿となりました。

設計は大岡實建築研究所、施工は大林組による鉄骨鉄筋コンクリート造の建物であり、インド風建築となります。薬師殿側からは何か変わった建築を作って欲しいと依頼をかけており、大岡實氏はちょうどこの時期にインド建築を研究していたため、インド風の建物を設計されています。

インド風建築といえば築地本願寺が有名ですが、入口の上部にある玉ねぎのような形をした装飾が、築地本願寺との共通点です。

川崎大師の薬師殿外観

大本堂や不動堂などとは全く様式が違い、境内に建てるには違和感が心配されていましたが、大本坊に遮られたエリアであり、大本堂から見えない位置にあったので、このような意匠が採用されることとなりました。

上部の3つの塔は、高すぎるとヒョロ長くなってしまい、短すぎると潰れたような形になってしまうため、高さのバランスについては何度も検討を重ねて、形を整えています。

川崎大師の薬師殿内観

内部の様子です。目の前にはお薬師様が祀られており、その手前の賽銭箱が置かれた空間は、上からの光が内部を明るく照らします。

川崎大師の薬師殿内観

天井はこのようにアーチを描いて骨組が組まれ、華やかな装飾が下げられています。

至真門

川崎大師の至真門

至真門は、境内の南西部に位置する入口に設けられた門です。設計は薬師殿と同じく大岡實建築研究所、施工は大林組による鉄筋コンクリート造の門であり、1979年(昭和54年)8月~12月にて建設されました。

横に細長くシャープであり、瓦葺き屋根でありながら軽快な感じの意匠となっています。

川崎大師は日本有数の参拝客数の寺院だけあり、その風格や規模は壮大さを感じます。厄除けにもかなり御利益があるそうなので、観光としても一度訪れていただくことをオススメします。

その他のエリア

その他のエリアについても別記事でまとめています。是非あわせてお読み下さい。

アクセス

電話044-266-3420
住所神奈川県川崎市川崎区大師町4-48
アクセス京急大師線 川崎大師駅 徒歩9分
(駅南口を出たら厄除門をくぐり、表参道経由から訪れるのがオススメです。)


参考元:

大岡實建築研究所 ホームページ
川崎大師 その3 | きょーちゃんの御朱印日記

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