アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話

06.建築模型

世田谷美術館にて、2021年3月20日~6月20日に開催されていた「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド―建築・デザインの神話」では、フィンランドの建築デザイナーのアルヴァ・アアルト氏と、その妻であり同じく建築デザイナーのアイノ・アアルト氏の協働作品が展示されました。

滑らかで有機的な曲線を基調とした建築・家具などが特徴であり、イッタラ社やアルテック社が製造を手がけています。

アイノ氏がアルヴァ氏の事務所に入る1924年から、アイノ氏が他界する1949年まで、共に活動を続けて残した数々の名作から、約230点の家具や図面、建築模型などが展示されていましたので、一部紹介していきます。

アアルト夫婦の活動の歴史

1924年、アイノ・マルシオ氏(後のアイノ・アアルト氏)がアルヴァ・アアルト氏の事務所を訪ねた所から2人の協働が始まります。この出会いからアルヴァ氏は暮らしの部分にも重点を置き始めます。半年後に2人は夫婦となり、約25年間ともに仕事をして名作を生み続けていきます。

当時、モダニズム建築という合理性・機能性に基づいた装飾のない建築が主流となっていた時代でしたが、アアルト夫婦が作り出す建築は、合理性・機能性がありながらもフィンランドの自然溢れる環境を活かして、自然と共存する人間味のある建築として注目されてきました。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のポスター

建築のみならず、家具や食器などのデザインなども手がけており、アイノ氏はアルテック社の初代アート・ディレクターを務めました。その家具や食器もまた、合理性・機能性がありながらも人間味のあるものを作り出していました。

アイノ氏は子どもを持つ母親でもあったため、アルヴァ氏とともに作り出した建築は生活する者の視点に立ったものです。アイノ氏は54歳という若さで亡くなってしまいますが、アイノ氏はアルヴァ氏にとって欠かせない存在でした。

アルテック&イッタラ特設コーナー

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のアルテック&イッタラ特設コーナー

美術館内には随所にアルテック&イッタラの家具が置かれた特設コーナーがあり、美術館の中にリビングがあるかのような展示デザインが試みられたそうです。リビングのような空間を作り出すことで、アアルト夫婦が作り出した家具が暮らしに根ざしている事が分かります。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のアルテック&イッタラ特設コーナー

イスやテーブルの脚などに滑らかな曲線を描いているのが特徴であり、柔らかい雰囲気で生活感のあるデザインです。L字型に曲げられた木材は「L-レッグ」と呼ばれ、木材の中をボーダー状に切り抜いて曲げやすくして作り出した、アルヴァ氏が開発した技術となります。曲げ材の側面を見ると切り抜いている様子が分かります。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のアルテック&イッタラ特設コーナー

幼稚園、保育園、保険医療施設のためのインテリアと家具

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展の幼稚園、保育園、保険医療施設のためのインテリアと家具
アイノとアルヴァ 二人のアアルト展の幼稚園、保育園、保険医療施設のためのインテリアと家具

アイノ氏は子どもを持つ母親なだけあって、児童福祉施設「子どもの家」のインテリアデザインを熱心に手がけていました。

またアルテックは、幼稚園などで使われる実用的な家具を特別シリーズとして製作していました。実用的で機能面に優れていた家具は健康協会に認められ、フィンランドの幼稚園では定番の家具になっています。

これらの家具は、安全面や衛生面、強度や収納面などが考慮され、アルヴァ氏が開発したL-レッグを用いて、オリジナリティあるデザインに仕上がっていきました。どの家具も木質的で、子どもに優しい柔らかみのあるデザインとなっています。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展の幼稚園、保育園、保険医療施設のためのインテリアと家具

こちらはベッドのデザインスケッチ。子どもの体型や、ベッドの収納性などが考慮されたスケッチとなっています。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展の幼稚園、保育園、保険医療施設のためのインテリアと家具

また、アイノ氏は建物と周辺環境のデザインも合わせて行いました。子どもの行動特性を細かくくみ取り、自然に触れながら成長出来るような環境を作り出したそうです。

アアルトハウス

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のアアルトハウス

アアルト夫婦は、ヘルシンキ郊外に自然のままの手つかずの土地を購入し、その場所でアアルトハウスと呼ばれる自宅兼事務所を建築しました。1934年に土地を購入、1936年8月に建築しています。

上画像の模型の、左側の突出した建物の白い外壁となっている部分は事務所棟であり、レンガ造りに白い塗装を施しています。右側の茶色い外壁となっている部分は住居部分であり、自然素材を用いた板材を外装に使っています。

ゆるやかな勾配のある敷地や、住宅周辺のつる草と天然石スレートの階段が、趣のある風景を作り出します。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のアアルトハウス
アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のアアルトハウス

平面図や断面図などの資料も展示されていました。

アアルトハウス内は、引き戸数段のステップによって居住エリアと事務所エリアを分けています。断面図を見ると、確かに階段ステップが設けられているのが分かります。

構造的には、柱は鉄骨造、水平部材は鉄筋コンクリート造、壁など一部はレンガ造となります。2階床は(スラブ)は断熱性能のある軽量コンクリート。屋根はアスファルトシートで防水し海砂利で仕上げています。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のアアルトハウス

こちらはリビングルームを再現したもの。ここでもやはりアルヴァ氏が開発した滑らかな曲線のある家具が使われています。レンガ造りの白い壁と相まって、暖かみのある空間となっています。

アイノ氏の死後もアルヴァ氏はこの家に暮らし続け、1976年のアルヴァ氏の死後も家族によって使われ続けました。現在は建物が保護されており、一般公開されています。

マイレア邸

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のマイレア邸

マイレア邸は、アアルトハウスのように立方体や直方体を組み合わせた平面計画であり、外観は装飾を控えたモダニズム様式に、木材を使用して自然と調和した住宅となっています。

エントランスまわりは木材をランダムに建て、森林に入っていくようなイメージを与えるデザインです。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のマイレア邸

裏庭には池が配されており、その池を取り囲むように住宅が建てられています。住宅の上部には、塔のようなスタジオが作られています。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のマイレア邸

内部は、1階は各部屋を引き戸によって仕切られていますが、その引き戸を全て開けると開放的な空間となり、また、場所によって光の入る量が変化するため、森林を歩いているような感覚になるよう作られています。

また、階段はエントランスと同様、木材をランダムに配置して森林を思い起こさせるデザインです。ウィンター・ガーデン(温室)についても、床を荒削りにした石にするなど、自然に近い住宅環境です。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のマイレア邸

こちらはエントランスのスケッチと、書斎部分の平面図です。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のマイレア邸

アアルト夫婦は日本文化に関心を持っており、マイレア邸は回遊式の日本庭園のような作りになっています。

パリ万国博覧会フィンランド館

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のパリ万国博覧会フィンランド館

1937年に行われたパリ万国博覧会では、フィンランド館のパビリオンの公開設計競技にてアアルト夫婦の「森は動いている」というコンセプトで案を出して優勝しました。パビリオンの内容は、フィンランドの森林と木材製品をアピールするものとなります。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のパリ万国博覧会フィンランド館

敷地は勾配のある雑木林なのですが、これを活かして設計されました。パビリオンの順路はまず中庭から入り、周囲にあるテラスやギャラリーを巡って、天井が高く広い展示ホールへとたどり着きます。展示ホールには円柱型のトップライトが規則的に並び、内部に光を取り入れています。

パビリオンには、フィンランドの美術をはじめ、アアルト夫婦がデザインしたオブジェ等も展示されました。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のパリ万国博覧会フィンランド館

こちらはパビリオンの平面図。展示ホールの中央部分を低くし、より開放的になるようにしています。

建物は庭の形の曲線に沿って配置されており、日本風の陰影を意識されているそうです。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のパリ万国博覧会フィンランド館

こちらはパビリオンの立面図。模型で見てもそうですが、パビリオンのメイン空間らしく展示ホールが目立っています。

ニューヨーク万国博覧会フィンランド館

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のニューヨーク万国博覧会フィンランド館

1939年で行われたニューヨーク万国博覧会では、フィンランドは独自のパビリオンを建設する予算がないため既存の建物を利用することを条件に設計競技が行われました。アアルト夫婦は設計競技には興味を持っていなかったのですが、結局、アルヴァ氏が2案、アイノ氏が1案を出し、なんとこの3案が1~3等を独占してしまいました。実際の設計は、3案を融合させて全体の形を整えて計画されました。

力み過ぎず、持ち前の能力やセンスをありのままに引き出したのが勝因だったのではないかと思います。私の経験上ではありますが、力を入れれば入れるほど失敗し、力を抜けば案外上手くいくものです。

前傾しながらうねる木製ルーバーの高い壁が特徴のこの建物は、既存の四角い建物の直角を消していく形で考えられて作られています。万博会場では、うねる壁の対向側にはレストランが配置されており、そのレストランを包み込むようにして、うねる壁が建てられていました。美術館展示で展示されていた壁は一部分ですが、その一部だけでも動きのある空間を形成していました。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のニューヨーク万国博覧会フィンランド館

こちらは、左は展示品となるガラス器のスケッチ、右2つはパビリオン外観のスケッチです。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のニューヨーク万国博覧会フィンランド館

うねる壁には、国、人々、労働の3つの展示テーマをもとに巨大な画像が貼られており、壁が前傾させることによって、上方まで展示を見やすくしています。

1階部分では、フィンランドの生活用品がデザインされたものが展示されました。もちろん、アアルト夫婦がデザインしたものも多くあります。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のニューヨーク万国博覧会フィンランド館

こちらは先ほどの画像でもスケッチがありましたガラスの器

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のニューヨーク万国博覧会フィンランド館

こちらもアアルト夫婦デザインのガラスの器

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のニューヨーク万国博覧会フィンランド館
アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のニューヨーク万国博覧会フィンランド館

おなじみの曲線デザインが施された、イスやテーブルなども展示されていました。

ベイカーハウス学生寮

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のベイカーハウス学生寮

ベイカーハウス学生寮は、マサチューセッツ工科大学の新学生寮の通称名です。

アルヴァ氏が建物本体のデザインを、アイノ氏が個室の内装や家具のデザインを担当しました。このプロジェクトは、アイノ氏とアルヴァ氏が協働した最後の仕事であり、アイノ氏は竣工前に亡くなってしまい、完成した学生寮を見ることはありませんでした。アルヴァ氏は妻アイノ氏の思いを引き継ぎ、建物完成まで見届けています。

建物の目の前には交通量の多い幹線道路、そのすぐ向こうにはチャールズ川があり、窓が川の方向に面する個室が出来るだけ多くなるよう、建物形状を蛇行させて壁面を長くし、道路に対しては真っ正面ではなく斜めになるようにして、川の景色が愉しめるよう工夫されました。

建物形状が蛇行しているだけあって、個室の間取りもバラエティ豊かになり、個室の数は43個でしたが、実に22タイプに分かれており、造り付けの家具も部屋の形に合わせてデザインされています。22タイプもあると作る側は大変ですが、使う側にとっては自分のライフスタイルに合った間取りを選択する事ができ、利用者ファーストな学生寮です。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のベイカーハウス学生寮

個室棟の手前にあるこの四角いボリュームは、学生食堂とカフェテリアになっています。パリ万博のパビリオンと同じく、規則的に並んだ円柱形のトップライトから、光をふんだんに取り入れています。この棟についても、幹線道路に対して斜めになっており、川の景色を見ながら食事を楽しむ事が出来ます。

アイノとアルヴァ 二人のアアルト展のベイカーハウス学生寮

こちらはベイカーハウス学生寮のファサード(正面)のスケッチです。

アルヴァ氏の建築は、妻アイノ氏の生活を重点に置いた考えを取り入れることにより、意匠性と機能性が両立した利用者に優しい建築となっています。


参考元:

アアルト夫妻のデザインと世田谷美術館が共鳴。「アイノとアルヴァ 二人のアアルト」が開幕|美術手帖

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