「岡本太郎」の作品は芸術を爆発させていたが、有名建築家の怒りも爆発させていた

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6.芸術・美術展示会

日本を代表する芸術家「岡本太郎」。
大阪万博のシンボルとなった「太陽の塔」や、渋谷駅の壁画となっている「明日の神話」など、数々の有名作品を残しています。
「芸術は爆発だ」のフレーズも有名ですね。
そんな岡本太郎ですが、丹下健三や坂倉準三などの有名建築家と深く関わっています。とくに大阪万博で太陽の塔を建てる時は驚愕なエピソードがありました。

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岡本太郎といえば太陽の塔

万博記念公園に建てられているこの塔は、高さ70m、基底部の直径20m、腕の長さ25mという巨大な作品となっています。
岡本氏はペットとしてカラスを飼っていたのですが、そのカラスがモデルとなっています。
芸術作品としてはとてつもなく大きいですが、この作品が建つまではやはりそう簡単に計画が進行したわけではありませんでした。そのエピソードについては後述。

未来を表す上部の黄金の顔は、直径10.6m、目の直径2m。目の部分はライトアップされるようになっています。

現在を表す正面胴体部の太陽の顔は、直径12m。塔全体は造船技術を用いて鉄骨鉄筋コンクリート構造で建設されていますが、太陽の顔は軽量化のためガラス繊維強化プラスチック(FRP)で作られています。繊維強化プラスチックは、ガラス繊維などをプラスチックの中に入れて強度を向上させた材料です。
また、顔の表面の凹凸は硬質ウレタンを粉砕したものを接着しています。硬質ウレタンはどんな材料でも接着するので、複雑な構造をしたものを作っても隙間なく作ることが出来ます。

過去を表す背面に描かれた黒い太陽は、直径8m。この黒い太陽はタイル製であり、近づいてみると大量にタイルが貼られてるのが分かります。

内部は中空になっており、「生命の樹」と呼ばれる巨大なモニュメントが中心に建っています。
万博終了後はしばらく一般には非公開となっていましたが、避難誘導などの災害時の対策をして2003年に33年ぶりに限定公開され、2007年まで不定期に公開されていました。ただ、上層階に非常口が無いため、内部の見学は1階のみで上層階へは上がれませんでした。

ちなみに万博が開催されていた当時は、腕の高さに大屋根があり、腕から出入り出来ていたため上層階まで上がれていたようです。

引用:太陽の塔内部再生」事業にかかる寄附金募集中です 万博記念公園 © 2014 大阪府日本万国博覧会記念公園事務所

その後も塔の改修が実施され、2010年の40周年事業の一環として再公開される予定であったのですが、現在の建築基準法の耐震基準を満たしておらず、上半身や腕が特に危険との事で、公開は見送られてしまいました。
現在は耐震補強工事が終わり、2018年3月より内部公開されています。

引用:太陽の塔、内部を報道陣に公開 ライトアップは万博以来:朝日新聞デジタル © The Asahi Shimbun Company.

地下空間も設けられており、そこには人間の祈りや心の源を表す地底の太陽があり、直径3m、全長13mとなります。ただ、万博終了後の様々な後処理のドサクサで行方不明となってしまい、現在でも情報提供を募っています。
廃材置き場に野ざらしにされていたとの情報があったらしいのですが、なんともひどい扱いを受けていたのですね…。

引用:太陽の塔データ
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大阪万博では岡本太郎の提案に丹下健三がマジギレ

1970年の大阪万博にて、太陽の塔はお祭り広場を覆う大きな屋根のなかから頭を突き上げる格好で作られました。

引用:大屋根 (大阪万博) – Wikipedia CC-BY-SA-2.0

この大屋根の広さは291m×108m、高さは30mとなります。10m四方の正方形のグリッドを並べて、それをスチール製のボールジョイントとトラス状のスペースフレームの連続体で支えています。

引用:大屋根 (大阪万博) – Wikipedia CC-BY-SA-2.0

この大屋根を設計したのは建築家であり都市計画家の丹下健三氏。東京都庁やフジテレビ本社ビルなどを設計した人物です。海外でも幾多の活躍をしており、世界でも認知されています。
この大屋根の構造は「メタボリズム」と呼ばれ、その後の建築に影響を及ぼしたとされています。メタボリズムは新陳代謝といった意味であり、高度経済成長にて人口が増加し都市が急激に膨張していく中、丹下健三を始め黒川紀章や菊竹清訓などの建築家が、都市の急成長に合わせて対応出来るような建築・都市計画を提案していきました。
大屋根は当初、穴を開ける予定はありませんでしたが、お祭り広場に設けることになっていたテーマ館に、岡本氏が高さ70mの太陽の塔のプランをぶち上げ、丹下氏と衝突しました。

大阪万博は科学と技術のイベントであり、いわばモダニズムのイベントになります。モダニズムとは機能的で合理的な思想であり、建築の面では機能を重視したものとなります。とくにメタボリズムと呼ばれた大屋根は拡張性を持たせた構造体であり、まさにモダニズムの考えと合致しています。

引用:大屋根 (大阪万博) – Wikipedia CC-BY-SA-2.0

しかしながら岡本氏は、モダニズムとは逆の思想を持っていました。こういう高度経済成長期だからこそ人間性を重視するべきと考えていたのです。
もともと岡本太郎は縄文土器を見て衝撃を受け、縄文土器論を文筆するなど人間性を重視する考えを持ってきただけに、モダニズムの思想とはそりが合いません。
そのため万博の依頼を何度も断ってきたのですが、めげずに頼んでくる担当者に根負けして、しぶしぶ引き受けました。

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太陽の塔が建つまでのエピソード

太陽の塔が建つまで、計画段階では驚愕なエピソードがありました。(以下はあくまでフィクションですが、似たようなやり取りがあったそうです。)


<大阪万博 展示計画打合せ>

岡本太郎(万博スタッフのしつこさに耐えかねて協力することになったものの、やっぱりやりたくねぇな…。)

丹下健三「日本は今や高度経済成長の中、都市が急成長を遂げています。都市の膨張に対応していくためには、今までのやり方では追い付きません。今こそ建築には機能性が重要となってきます。」
太郎(何が機能性だよ…。こんなんじゃあこの国は人間らしさが失われちまう。)
丹下「そこで、この模型を見て頂きたい。お祭り広場にはこのような大屋根を設置し拡張性を世界にアピールしていこうと思う。」
担当者「これは新しい」「こんな発想はなかった」「さすが丹下さんだ」
丹下「岡本さん。この大屋根の下にテーマ館を作って、あなたの素晴らしい作品を展示したい。」
太郎「おう。べらぼうに良い作品を作ってやるからな。」(こんな屋根ぶち破ってやる…)
担当者「どんな物が出来るんだろう」「これは楽しみだな」

数日後、岡本太郎邸にて

岡本太郎「よし!出来た!我ながら大作になりそうだ。これを見せたら、あいつら腰抜かすぞ。」
岡本敏子(妻)「あなたご飯よ。あら、万博に展示する作品の模型が出来たのね。」
太郎「作品名は『太陽の塔』だ!高さは70mにする。これを世界にアピールするぞ!」
敏子「えっ?高過ぎじゃね?www」

再び 大阪万博 展示計画打合せ

丹下「何だ、これは!」
太郎「どうだ、すげぇだろ!これを高さ70mに建てて、お祭り広場にどんっと構えるんだ!」
丹下「冗談じゃない!大屋根突き抜けちまうだろ!こんなの展示物じゃない!私は認めんよ!」
担当者「70mとか正気かよ」「微妙だなー」
太郎「俺は、作りたいものを作るってのが条件で万博に協力してやってんだ!文句言うな!」
丹下「万博は最先端技術のモダニズムの祭典なんだ!こんなハニワみたいなもの建てられる訳ないだろ!」
太郎「モダニズムとか知らねぇよ!ハニワこそ日本の美学だろ!」
丹下「てめぇいい加減にしろ!」バッゴーン!ドガーン!!
太郎「ふざけんなよ!やってらんねぇよ!この万博の運営マジでふざけてるわ!」

丹下健三は岡本太郎が持ち込んだ模型を叩き壊してしまい、取っ組み合いのケンカとなり、結局話がまとまらないまま打合せは終了。
後日、丹下健三は自分の弟子に、岡本太郎に太陽の塔を諦めてもらうよう説得に行かせたのだが…

丹下の弟子「岡本さんマジ最高っすよ!太陽の塔は作るべきっすね!」
丹下「そうか…お前もう帰っていいよ…」(岡本の熱い想いに感化されてしまったか…)

結局、万博協会会長が間に入って、大屋根に穴を開けて太陽の塔を作る事で決着した。


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岡本太郎の自宅は丹下健三の師匠が設計していた

1954年から50年近く、84歳で亡くなるまで生活していた自宅は、岡本太郎の友人の坂倉準三に設計してもらっていました。
坂倉準三は新宿の小田急百貨店や、新宿駅西口広場などを作った建築家ですが、かつては彼のもとに丹下健三が弟子入りしていました。
自宅が完成してから16年後の大阪万博で、友人の建築家の弟子とケンカすることになるとは思ってもみなかったでしょう。

引用:ようこそ岡本太郎記念館へ! © TARO OKAMOTO MEMORIAL MUSEUM

住居は2階建ての自宅兼アトリエとなっており、現在は岡本太郎記念館として多くの彫刻、デッサン、エスキースなどが展示保存されています。太陽の塔もここで構想が練られました。
1998年に、住居の横に記念館を増設して開館しました。アトリエと住居の1階部分は、岡本太郎が暮らした当時のままの姿を見学出来ます。

自宅を建てた時は予算は少なく、柱は鉄筋コンクリート造、壁はコンクリートブロック造となっています。
屋根は凸レンズ形の屋根を乗せて上下面の反発力を利用して、柱間のスパンを大きくとって、大きい吹き抜けのアトリエ空間を作っています。

岡本太郎のような思い切った芸術家はなかなかいないと思います。
岡本太郎の世界に浸るには岡本太郎記念館や、また川崎市の岡本太郎美術館を訪れるとよいでしょう!
岡本太郎美術館についても別の記事にしましたので、よろしければこちらも是非。

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岡本太郎記念館のご利用案内・アクセス

開館時間10:00~18:00(最終入館17:30)
休館日火曜日(祝日の場合は開館)
年末年始(12/28~1/4)
保守点検日
観覧料一般 :620円(520円)
小学生:310円(210円)
※()内は団体料金(15名以上)
住所東京都港区南青山6-1−19
アクセス東京メトロ 表参道駅 徒歩7分

参考元:

「太陽の塔内部再生」事業にかかる寄附金募集中です 万博記念公園
1970年大阪万博の思い出を語ろう~「太陽の塔」をめぐって、岡本太郎と丹下健三が大喧嘩!(週刊現代) 現代ビジネス 講談社(1-5)
岡本太郎と《太陽の塔》 ARTRAY
太陽の塔、内部を報道陣に公開 ライトアップは万博以来:朝日新聞デジタル
太陽の塔データ
ようこそ岡本太郎記念館へ!
岡本太郎記念館 (旧自邸・アトリエ) カーサ ブルータス
岡本太郎 – Wikipedia
太陽の塔 – Wikipedia
繊維強化プラスチック – Wikipedia
丹下健三 – Wikipedia
坂倉準三 – Wikipedia
メタボリズム – Wikipedia
モダニズム建築 – Wikipedia
大屋根 (大阪万博) – Wikipedia
岡本太郎記念館 – Wikipedia

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