東京国立近代美術館にて、2021年6月18日(金)~9月26日(日)にて開催されている「隈研吾展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」では、隈研吾建築の中から公共性の高い建物が厳選され、模型や写真、モックアップ(実物大の模型)によって紹介されていました。
「孔」「粒子」「ななめ」「やわらかい」「時間」の5原則という、他の建築展示会とは思考を変えた形で分類されています。また、東京都庁などを設計した丹下健三氏が1961年に発表した「東京計画1960」の案の応答として、「東京計画2020(ニャンニャン) ネコちゃん建築の5656(ゴロゴロ)原則」を発表しており、丹下氏が都市を上から見る視点に対して、隈氏はネコの視点で都市を下から見る視点で紹介されていました。
その他にも、国立競技場を設計する際に作られた数々のスタディ模型(試作として部分的に作成した模型)や、南三陸や熊本の市民から隈研吾建築の利用者をインタビューした映像なども紹介されていました。
今回はそんな隈研吾展の中から気になった、これまで隈氏が手がけてきた数々の建築模型を紹介します。
隈研吾氏はどんな建築家?
展示された建築模型を紹介する前に、隈研吾氏はどんな建築家なのかを簡単に紹介します。
隈研吾氏は1954年に横浜市で生まれました。1964年の東京オリンピックの時に、丹下健三氏が設計した国立代々木競技場に衝撃を受けて、建築家を目指します。
東京大学工学部建築学科大学院を修了しており、1990年には隈研吾建築都市設計事務所を設立。国立競技場や高輪ゲートウェイ駅をはじめ、サニーヒルズ、浅草文化観光センター、角川武蔵野ミュージアム、スターバックス リザーブ ロースタリー東京など、数々の有名建築物を設計しており、建築関係者だけでなく一般の方達にも知れ渡る建築家となりました。
海外でも実に20ヵ国以上で活動しており、日本建築学会賞やフィンランドの国際木の建築賞、イタリアの国際石の建築賞など、多数の賞を受賞している世界的建築家です。
浅草文化観光センター
浅草寺の雷門の向かい側に建ち、観光案内所、会議室、多目的ホール、展示室といった多様な機能を、わずか326㎡の敷地に集結しています。決して広くない敷地の中に、これだけの機能を持たせながら、建物内部は広い空間が作られています。2012年にはグッドデザイン賞を受賞しています。伝統的な切妻屋根の木造住宅を7つ積み重ねたようなデザインとなっており、各階に機能性と独立性を持たせています。各階の屋根の庇と外観の木製ルーバーは、日射を防ぐ役割を果たします。浅草の伝統的な風景とよく合っている外観です。
サニーヒルズ
サニーヒルズは、台湾のパイナップルケーキブランドであり、台湾で貧困な暮らしをしていたパイナップル農家を支援するため、パイナップルを使ったお菓子を開発し、そして一流ブランドとなることを目指して、南青山に出店しています。展示されている木組みは、外観で使われている地獄組みと呼ばれる組み方であり、釘を使わずに組み立てられました。熟練の職人によって組み立てられたこの木組みは、装飾でもあり、各階の床を支える構造体でもあります。一度サニーヒルズを訪れると、印象に残り忘れられない建物です。
梼原 木橋ミュージアム
雲の上のギャラリーとも呼ばれるこの建物は、1本の橋脚を中心に、橋脚上部に巧みに木を組んでバランスを取っています。橋脚上部の木組みは、寺院建築でよく見られる斗拱(ときょう)と呼ばれる柱上部の直交するように組まれた木組みをヒントに作られています。これだけの長い建物を数少ない柱で支えている、まさに雲の上のギャラリーです。
スターバックスコーヒー 太宰府天満宮表参道店
福岡県の太宰府天満宮の参道に建ち、インパクトを与える内観をもつスタバ。敷地が間口約7.5m、奥行き約40mと細長いので、風が通るように木を斜めに組んで風が流れるようにしています。サニーヒルズと同じく地獄組みを採用しており、構造材の役割を果たしています。こちらも一度訪れたら忘れられない外観でしょう。
雲の上の図書館 / YURURIゆすはら
高知県梼原(ゆすはら)町に建つ、図書館と福祉の複合施設。階段状の屋根に、市松模様に杉材が貼られた外壁が特徴のこの建物は、森のような木漏れ日が入る内部空間を作り、床は大地が起伏するようなイメージで床レベル(床の高さ)を変化させており、ステージになっている場所もあります。また、寝転びながら本を読むことができ、杉の木のぬくもりを感じられる建築です。ゆっくりとくつろげられる図書館は人々に愛されると思います。
国立競技場
2021年の東京オリンピックのメイン会場となった国立競技場。隈研吾氏の名がより世に知れ渡ることとなる作品です。外観の軒下部分や屋根などに、全国47都道府県の木材を使用して作られ、木質感のある競技場となりました。座席は、5パターンのアースカラー(自然界に近い色)をまばらに色付けしており、木漏れ日をイメージしていると同時に、観客が入らなくても満席に見えるようになっています。東京オリンピックではご存じの通り、新型コロナウイルスの影響で無観客となり、先見性があるとして話題になりました。確かに、開会式や閉会式を見ても寂しい感じはせず、賑やかな印象です。
富岡市役所
富岡製糸場で有名な群馬県富岡市の市役所。駅から富岡製糸場へ向かう経路上にあり、分棟型なので中央を通り抜け出来るようになっています。日除けや雨宿りが出来るよう、庇を張り出しており、小さな建物が集合した街並みのような市役所であり、どの建物も気軽に立ち寄れそうな感じです。
小松精練ファブリックラボラトリー
鉄筋コンクリート造の建物に耐震補強を施すべく、鉄の10倍の強度とされるカーボン・ファイバーが用いられています。石川県能美市に伝わる組み紐の技術によって、カーボン・ファイバーに柔軟性を与えて軽快にしています。波形にカーボン・ファイバーを貼っているので、重くて固い鉄筋コンクリート造の建物をやわらかくしています。その他の耐震補強とはまた違った印象を与えられます。
高輪ゲートウェイ駅
JR山手線に、1971年4月20日に開業した西日暮里駅以来、49年ぶりの2020年3月14日に開業した高輪ゲートウェイ駅は、これまでに無い前衛的な設備と、快適な環境の駅となっています。山手線で30番目となるこの駅は、田町駅と品川駅との間に位置しています。大空間な内部には、大きく吹き抜けが開いており、2階から電車が到着する様子を見下ろせるようになっています。大屋根は、折り紙がモチーフになっており、障子のように内部に太陽光を柔らかく取り入れています。
オドゥンパザル近代美術館
トルコのエスキシェヒルの旧市街地に建てられた初の現代アートミュージアムであるオドゥンパザル近代美術館。エスキシェヒルの旧市街地は、木造2~3階建の低層建築が並ぶ地域のため、建物は小さなボリュームに分けて周囲と調和させています。外観は木材を井桁に組んで、画像では分かりにくいですが少しずつずらして組み上げて流動的にし、暖かく動きのある空間に仕上げています。美術館らしいシャープでオシャレな外観です。
中国美術学院民芸博物館
もともと茶畑だった丘に建ち、内部は丘の勾配に合わせて床を傾斜させているので、スロープが続く形になっている博物館です。瓦屋根の小さな建物を集合させるようにすることで、村のような風景を作っています。丘の中腹であることが感じられそうな建築です。
明治神宮ミュージアム
明治神宮の参道の途中に建っており、宝物や美術品などが展示されているミュージアムです。ボランティアの手によって作られた明治神宮の森の中に溶け込ませるよう、建物の高さを抑えています。模型を見るだけでも、森の中に溶け込んでいるように見えます。一見、木造のように見えますが、鉄骨を用いて広い空間を実現させています。都会の喧騒を離れた静けさのありそうなミュージアムです。
国際交流館
東京工業大学の大岡山キャンパスにある、日本人学生と留学生が交流する施設。大岡山の地形を意識した丘のような建築となっています。内部は様々な交流が行われるよう、大きな広い空間となっています。大空間を実現させるため、屋上は軽量土壌や多孔質セラミックパネルを用いて植栽の軽量化をしています。内部だけでなく、屋上でも交流が出来そうな建築です。
Toyama キラリ
富山市ガラス美術館、富山市立図書館、富山第一銀行が入った複合ビル。南側からの日光を取り入れるため、建物中央のヴォイド(孔)を斜めに開け、ヴォイドの周囲を地元産の杉の無垢材のルーバーをふんだんに施し、やわらかく暖かみのある空間を作り出しています。下から見た様子を画像でよく見かけますが、なかなか圧巻です。
サンドニ・プレイエル駅
フランス国鉄の2023年ごろ完成予定の新駅。現在、路線の上を約280mに渡って橋が横断していますが、その橋と組み合わせる形で構成されます。スロープによって各フロアを繋ぎ、建物内外、周辺の街とシームレス(途切れなく)に繋ぎます。また、中央部が長方形に空いてますが、これはアトリウム(ガラスなどの透明な材質で覆われた空間)を設けて光を取り入れるようにしています。
ダリウス・ミヨー音楽院
フランスにある音楽院と音楽ホールの複合施設。敷地の高低差が大きく、周辺環境も多様性があるため、外壁はアルミを面ごとに異なる折り方で施されています。折り方を変えることで、面ごとに陰影が異なり、見る方向や時間帯によって様々な表情を見せます。いろんな時期に訪れると面白そうですが、フランスなのでなかなかそれは難しそうです。
EPFL ArtLab
スイス連邦工科大学ローザンヌ校のキャンパスにある施設。研究機能やカフェなどが入ったこの施設は、3つのボリュームに分かれており、それを全長約270mの細長い屋根で渡らせています。相当な長さのある建築ですが、巨大さを感じさせない建築です。
The Exchange
シドニーに建つ、ショッピングやレストラン、保育園や図書館などが入る複合施設。周囲は高層ビルが建つ環境の中、広場と一体化したやわらかい建築となっています。スパイラル状に巻かれた木はアコヤ材を曲げたものであり、それが広場まで延びてパーゴラとなっています。アコヤ材は繋ぎ目が見えないように取り付けられています。パーゴラ部分を引っ張ったら、その勢いで建物が回転しそうな施設です。
ハモニカ横丁 三鷹
飲食店であるハモニカ横丁。三鷹店のその外観は多数の自転車の車輪の廃材で覆われています。また、テーブルやイスなどにも車輪が使われており、まさに車輪で構成された建築です。このインパクトあるデザインは、一度訪れたら忘れられないと思います。
ホテルロイヤルクラシック大阪
村野藤吾氏が1958年に設計した大阪新歌舞伎座の上部に、カーテンウォールの上層部分を付け加えて、ホテルとして作られました。下層部は、唐破風(からはふ)と呼ばれる兜のような形をした屋根が連続して並び、建替え時はコンクリートとアルミパネルを用いて再生させています。模型だと分かりにくいですが、上層部はルーバー状に設置したアルミ板を奥行方向に2~5枚とランダムに設置し、雲のようなゆらぎを表現しています。日本古来の意匠と現代的な意匠が融合しており、建物の前を通ると思わず目を引く建築です。
北京 前門
北京旧市街地にある前門東区を再生させるべく建てられました。人口増加の伴う高層ビルの開発が進み、前門がある地区は衰退の一途をたどっていましたが、地域に開かれたコミュニティとして再生されました。外壁はレンガの他、ガラスカーテンウォールや正方形に組んだアルミを用いて外観を形成し、透明感のある建築を作り出しています。この前門のように、スラム化した地域の再生が進んでいけば、都市がより暮らしやすくなるのではないかと思います。
CLT PARK HARUMI
晴海地区の空地に設置された、CLT(直交集成板。木材の繊維方向を直交するように重ねて接着した材。)を用いたパビリオン。板材と鉄骨を組み合わせて作り、CLTを木の葉として見立て、空に向かって舞い上がるイメージで作られています。木漏れ日のような光が入りますが、同時に雨風を防ぎます。これは仮設的な建物として作られましたが、いずれ本格的な建物にも応用される日が来るでしょう。
浮庵(フアン)
ヘリウムガスを入れた巨大な風船を浮かべ、そこにスーパーオーガンザと呼ばれる軽量の半透明な布をかぶせた茶室。浮いた身体を表現した、究極の仮設建築とされています。これまでにない茶室の形であり、この中でいただくお茶の味はどんなものなのでしょうか。
インパクトのある印象に残る建築を生み出す隈研吾氏。そんな隈氏の建築は、あたたかさややわらかさを意識して作ったものが多く、足を運んで訪れてみたくなる建築ばかりです。
参考元:
・Kengo Kuma and Associates – 隈研吾建築都市設計事務所
・東工大、隈研吾が設計する国際交流館を建設-大友克洋の美術作品も制作へ | TECH+
・パリ大改造(4)隈研吾氏が新駅に挑む | そうだ、今日も泳ごう!
・EPFL ArtLab | 株式会社新建築社