「大倉山記念館」はロケ地として多用されるほど魅力的な建築

02.近代建築

大倉山の丘の上の自然豊富な公園に建つ「大倉山記念館」は、ギリシャ神殿を思い起こさせる外観デザインであり、数々のドラマや映画のロケ地として使われるほど魅力的な建築となっています。リーガルVや相棒、半沢直樹、学校のカイダン、任侠ヘルパーなど、数々の作品に大倉山記念館が登場します。

洋紙業界で活躍した実業家であり、後に東洋大学学長を務めた大倉邦彦氏が、大倉精神文化研究所の本館として1932年(昭和7年)に設立しました。

設計は長野宇平治(ながの うへいじ)氏。日本銀行などを手がけていた辰野金吾氏の弟子であり、長野氏もまた銀行建築を手がけ、格式の高い意匠の建築設計を行っていました。

今回はそんな大倉山記念館の建築を、普段入れる場所を中心に紹介します。

外観

大倉山記念館のファサード

東急東横線の大倉山駅から徒歩7分の坂を上がった位置に、大倉山公園の自然の中に左右対称の堂々とした姿で佇んだ大倉山記念館が建っています。

1981年(昭和56年)に横浜市が研究所から寄贈を受けて保存のための改修工事を行い、1984年(昭和59年)10月27日には横浜市大倉山記念館として一般に開放されました。1991年(平成3年)には横浜市指定有形文化財に指定されています。

外観デザインは、古代ギリシャ文明よりも古いクレタ・ミケーネ文明の様式を取り入れ、設計者の長野氏はこれを、プレ・ヘレニック様式と名付けました。プレ・ヘレニックとは「プレ=前身、ヘレニック=ギリシャの」という意味があります。プレ・ヘレニック様式でデザインを統一しつつ、部分的に日本的な意匠も施されています。

大倉山公園マップ

大倉山公園はは自然豊かな場所であり、大倉山記念館の前庭にはかつて日本列島の形に芝生が敷かれた地理曼荼羅(ちりまんだら)と呼ばれる庭園がありました。設立者の大倉氏は、記念館を人間に、地理曼荼羅を日本に、大倉山全体を地球で例え、全てが一体であるという考えを持っていました。

大倉山記念館入口

建物手前はギリシャ神殿様式のピロティーとなっています。柱は、下部が細く上部が太くなっており、プレ・ヘレニック様式の特徴のひとつです。そして柱の上には、半ロゼットと呼ばれる半円状の花びらのデザインが、3方面を帯状に施されています。

その上の正面破風(はふ)部分には、丸い八陵鏡(はちりょうきょう)と両側に鳳凰の彫刻があります。八陵鏡と鳳凰は正倉院御物(しょうそういんぎょぶつ。東大寺正倉院に保管される宝物)を模したものであり、この部分は東洋の意匠となっています。

柱の高さと横幅の黄金比率や、屋根の勾配などがギリシャ神殿そのものであり、その神殿に東洋のデザインをうまくマッチさせて違和感なく彩られており、まさに大倉山記念館の顔と言える部分です。

大倉山記念館ファサード上部

正面上部の塔にも列柱が並び、ギリシャ神殿様式のピロティーと同様、下部が細く上部が太くなった柱が建っています。

私は行き忘れてしまったのですが、列柱の外周および内周には通路が巡っており、大倉山の風景を360度眺められる場所になっているようです。

また、屋根部分に注目していただくと、青と茶色の屋根および装飾があります。銅の屋根は新しく施工された時は茶色の状態なのですが、数年経つと徐々に青銅に変わっていきます。

大倉山記念館ファサード両端

入口両側の棟です。ここの開口部にも神殿のような列柱があります。また、1階窓の下および2階窓の上には三角形の装飾が見られ、これもプレ・ヘレニック様式の特徴のひとつです。

そしてこの棟の屋根もまた、ギリシャ神殿を模した屋根になっています。

大倉山記念館の東側外観

東側から見た様子です。内部は研究所と図書館になっています。図書館部分が5層となっており、規則正しく窓が並んでいます。中央上部には、三角形の窓、その上にはギリシャ神殿様式の屋根など、ファサード(正面)とデザインが統一されています。

大倉山記念館の西側外観

西側から見た様子です。内部は集会所、貴賓室、講義室になっています。窓は東側と比べると大きく取られており、違った表情を見せています。

中央の扉は1階への出入口、両サイドにある階段は2階への入口となっており、東西からの見た目もファサード(正面)のような外観です。

大倉山記念館の裏側外観

裏側から見た様子です。遠くに列柱のある塔が見え、ここからでも威厳を感じます。また、裏側ではあるものの、周囲の外壁にピラスター(付柱)の装飾があります。

大倉山記念館入口

こちらは正面入口の扉です。階段を上って2階から入る形になります。扉は二重となっており、ロゼットと呼ばれる花の模様や、下部には山形と螺旋を組み合わせた模様などが施されています。

また扉の周囲には列柱やロゼット、上部には連続螺旋文様や円盤列といった、プレ・ヘレニック様式がふんだんに取り入れられています。

内観

大倉山記念館の大階段

続いては内観。2階のエントランスを入ると、目の前には吹抜けのある大階段が広がり、踊り場部分にはホールに繋がる立派な扉が目に入ります。

大倉山記念館の館内案内版

記念館内部は主に、集会室や音楽ホール、ギャラリーや図書館などの機能が入っています。中央部に大階段とホール、背面には中庭を囲んだ回廊(ギャラリー)、両翼部には集会室や図書館などの各部屋を配置しています。

この間取りは、大倉邦彦が理想とする人間像を形にしており、中央およびホール・回廊はを、東館・西館は知性を表しています。知識があり、かつ心も広い素晴らしい理想を持っていたわけです。

大倉山記念館エントランス

エントランスには、座席および3つに並んだ出入口が左右対称にあります。これらも、プレ・ヘレニック様式のデザインとなっています。

大倉山記念館エントランスの椅子

座席には、イスの脚を上部が太く下部の細い柱に、背もたれに山形の装飾を施すなど、建物だけでなく家具にもプレ・ヘレニック様式の意匠を統一的にあしらわれています。

大倉山記念館の階段手すり

階段の手すりにも、正面入口の扉にあったような山形と螺旋模様の装飾が施されています。

大倉山記念館の階段踊り場

ホールに続く扉です。ここもまた正面入口の扉と同様、三角形や円盤列などの装飾が施されています。

大倉山記念館の吹抜け天井

階段の吹抜けを見上げると、このような黄金色に輝く列柱で囲まれた天井が見えます。吹抜けの高さは21mあり、とても壮麗な空間です。

大倉山記念館の吹抜け天井の鷹とライオン像

各柱の下には、テラコッタ(粘土で作った装飾用の素焼き陶器)で作られた16体の獅子と鷲がおり、1体ずつ表情を変えています。なので、どの方向から見てもそれぞれの表情を楽しめられます。

この16体の獅子と鷲は、東京美術学校(現在の東京芸術大学)で教授を務めた彫刻家・水谷鐵也氏の作品です。

大倉山記念館の階段踊り場

大階段の踊り場部分です。踊り場の上部にあるオシャレな照明が空間にアクセントを加えています。

大倉山記念館の階段踊り場

踊り場にある空調のラジエーターカバーも、三角形の意匠を施しており、ここにもプレ・ヘレニック様式を取り入れています。

大倉山記念館の吹抜け手すり

吹抜けの手すりには、列柱のようなデザインが施されています。

引用:大倉山記念館のホームページ | © 2015o-kurayama All rights reserved.

こちらはホール。普段入れる場所ではありませんが、ここにも東洋の意匠が取り入れられていますので、紹介します。

ホール四隅の柱の上部には、神社仏閣の柱上部にある斗拱(ときょう)と呼ばれる、屋根を支える木組みのような意匠を取り入れています。プレ・ヘレニック様式でデザインを統一している中、ワンポイントで東洋の意匠を違和感なく取り入れており、オリジナリティがあります。

大倉山記念館にある扉
大倉山記念館にある扉

集会室や非常口などの扉にもまた、ロゼット(花の模様)や山形・螺旋の意匠が施されています。

大倉山記念館の非常階段

非常階段の手すりにも、上部が太く下部が細い列柱を採用しています。

大倉山記念館ロビー

こちらはロビー。大階段の隣にある部屋です。この部屋にあるベンチや扉にもプレ・ヘレニック様式が取り入れられています。

あらゆる場所のデザインに統一感があり、格式の高い建物となっているので、有形文化財に指定されるのも納得です。

大倉山記念館は、大倉山地域のシンボルとなっており、大倉山の地名に由来にもなっています。そのため周辺地域の人たちに愛され、駅近くの商店街ではギリシャ様式の建物がいくつも見られます。

建築概要

設計長野宇平治、荒木孝平
施工竹中工務店
延床面積2,709㎡
高さ25.45m
階数地上3階
構造鉄骨鉄筋コンクリート造
工期1932年

ご利用案内・アクセス

開館時間9:00~22:00
休館日毎月第2月曜日(祝日の場合は翌週月曜日)、年末年始
電話045-544-1881
住所神奈川県横浜市港北区大倉山2-10-1
アクセス東急東横線 大倉山駅 徒歩7分

※2021年7月現在の情報です。最新の情報は公式サイトでご確認下さい。


参考元:

大倉山記念館のホームページ
【横浜の名建築】大倉山記念館・大倉精神文化研究所 – [はまれぽ.com]
リーガルVの東京高等裁判所のロケ地はどこ?場所は東京じゃない? | 子連れ海外旅行成功のポイント

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